6/28/2014

◆2カ月ぶりの更新!

梅雨のうっとうしさの中、風邪を引いたりしてグダグダしていたら、前回の更新から2カ月が経ってしまった。いや~、油断も隙もあったもんじゃない。などという訳の分からない言い訳はこれくらいにして、久々の更新、早速、始めるとしよう。

↓↓↓ まずは、自主課題のひとつ、空海の忽被帖(こっぴじょう、812年頃)。空海が書いた手紙3通をまとめた風信帖(ふうしんじょう)と呼ばれる巻物の中にある1通だ。ここで書いているのは「及左衛士督尊」。Aは空間が狭すぎた。Bは上下の文字が近づき過ぎだ。
↓↓↓こちらも自主課題で、欧陽詢(おうようじゅん)の九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)。筆はいつもの羊毛ではなく兼毛を使った。Aは右肩上がりが強すぎた。BとCはもう少し下げて書きたかったところ。
↓↓↓最後は赤坂書道教室の共通課題、褚遂良(ちょすいりょう)の文皇哀冊(ぶんこうあいさく)だ。上は「昭陵礼也鳳紀」、下は「疑秋龍帷将曙」。Aの偏は横幅が広過ぎた。1/3程度の幅に収めたかったところ。Bはもう少し右に。Cはハネの部分が下がってしまったが、もう少し上だった。細かいところだが、基本的なことなんだよね。残念。

今回はこのブログの更新が久々だっただけでなく、赤坂書道教室の方も久々だったので、自主課題と共通課題だけでいっぱいいっぱいとなってしまった。今後はもうちょっと頑張らなきゃなあ、と自らを鼓舞しておりますが、果たしてどうなりますか。

4/22/2014

◆毎日展への出品作品制作も大詰め!

桜が散ってしまったなあ、などと感慨にふけりながらボヤボヤしていたら、毎日展への出品締切日がもう目前に迫ってきた。それが終われば春も過ぎ去り、うっとうしい梅雨の後はあっつい夏がすぐに来てしまう。油断も隙もあったもんじゃないのだ。

毎日展に出品するためにチョロチョロ書いた作品はこちら。古代文字と隷書の2種類を書いたのだが、はて、どちらを出すことになりますか。
↓↓↓これは赤坂書道教室の自主課題・欧陽詢(おうようじゅん)の楷書で九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)の臨書だ。うまいこと書けたような気がしていたのだが、Aで分かるように、横画がすべて右上がりになり過ぎだった。残念~。
 ↓↓↓共通課題は褚遂良(ちょすいりょう)の行書で文皇哀冊(ぶんこうあいさく)。Aの縦画の線はBのように柔らかい曲線にすると美しい。Cの「月」はもう少し大きく書きたかったところ。全体的には使った筆が小さすぎた。もう一回り大きい方がよいとのこと。次回はリベンジしなきゃなあ。


4/08/2014

◆新たな共通課題スタート!

東京の桜は徐々に葉桜となり、寂しいなあと思っていたら、どっこい枝垂れ桜は満開だった。こんな風にちょいとずれて咲いてくれると、思いがけないプレゼントをもらったみたいで嬉しいよね。
枝垂れ桜を堪能したところで、さて本題。 赤坂書道教室では新しい共通課題が始まった。今度は褚遂良(ちょすいりょう)の草稿とされる文皇哀冊(ぶんこうあいさく、649年)。唐の太宗皇帝が亡くなったときの追悼文だ。これまでの草書と違い、文字の崩れが少ない行書なので、まあ読みやすいかな。
↓↓↓Aの払いは角張らせずに丸みを付けた方がよかった。Bの横画は先生の朱(C)のようにもっと中間を細くするとリズムが出る。
↓↓↓今回は書いたものが少なかったのでオマケをひとつ。筆は種家先生から買った兼毛。その下の書は自主課題のお手本として先生が書いてくれたものだ。1つは楷書の名品・欧陽詢(おうようじゅん)の九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい、632年)。この兼毛で楷書をガッツリ書くつもりだ(たぶん)。もう1つは空海が最澄(さいちょう)に送った手紙3通をまとめた風信帖(ふうしんじょう、812年頃)。自主課題はこの3通のうちの忽披帖(こっぴじょう)だ。どちらも真面目過ぎて、「“らしく”ないなあ」と先生に言われてしまった。確かに、自分でもちょっと心配・・・。