桜が散ってしまったなあ、などと感慨にふけりながらボヤボヤしていたら、毎日展への出品締切日がもう目前に迫ってきた。それが終われば春も過ぎ去り、うっとうしい梅雨の後はあっつい夏がすぐに来てしまう。油断も隙もあったもんじゃないのだ。
毎日展に出品するためにチョロチョロ書いた作品はこちら。古代文字と隷書の2種類を書いたのだが、はて、どちらを出すことになりますか。
↓↓↓これは赤坂書道教室の自主課題・欧陽詢(おうようじゅん)の楷書で九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)の臨書だ。うまいこと書けたような気がしていたのだが、Aで分かるように、横画がすべて右上がりになり過ぎだった。残念~。
↓↓↓共通課題は褚遂良(ちょすいりょう)の行書で文皇哀冊(ぶんこうあいさく)。Aの縦画の線はBのように柔らかい曲線にすると美しい。Cの「月」はもう少し大きく書きたかったところ。全体的には使った筆が小さすぎた。もう一回り大きい方がよいとのこと。次回はリベンジしなきゃなあ。
4/22/2014
4/08/2014
◆新たな共通課題スタート!
東京の桜は徐々に葉桜となり、寂しいなあと思っていたら、どっこい枝垂れ桜は満開だった。こんな風にちょいとずれて咲いてくれると、思いがけないプレゼントをもらったみたいで嬉しいよね。
枝垂れ桜を堪能したところで、さて本題。 赤坂書道教室では新しい共通課題が始まった。今度は褚遂良(ちょすいりょう)の草稿とされる文皇哀冊(ぶんこうあいさく、649年)。唐の太宗皇帝が亡くなったときの追悼文だ。これまでの草書と違い、文字の崩れが少ない行書なので、まあ読みやすいかな。
↓↓↓Aの払いは角張らせずに丸みを付けた方がよかった。Bの横画は先生の朱(C)のようにもっと中間を細くするとリズムが出る。
↓↓↓今回は書いたものが少なかったのでオマケをひとつ。筆は種家先生から買った兼毛。その下の書は自主課題のお手本として先生が書いてくれたものだ。1つは楷書の名品・欧陽詢(おうようじゅん)の九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい、632年)。この兼毛で楷書をガッツリ書くつもりだ(たぶん)。もう1つは空海が最澄(さいちょう)に送った手紙3通をまとめた風信帖(ふうしんじょう、812年頃)。自主課題はこの3通のうちの忽披帖(こっぴじょう)だ。どちらも真面目過ぎて、「“らしく”ないなあ」と先生に言われてしまった。確かに、自分でもちょっと心配・・・。
4/02/2014
◆桜満開!
寒~い冬の間は二度と暖かくならないのではないかと心配していたが、そんなこたぁなかった(当たり前か)。近所の桜は満開となり、特に何があるというわけでもないのに浮足立ってしまうのだ。まずはお花見、それから書道といきますか。
↓↓↓甲骨文で書いた「喜雨」。今回、「喜」をいつもと違う形のものにしてみた。宇宙人のようにも見え、密かに気に入っている。Aの部分、まるで雫が垂れたようになってしまったが、ここはきちんと書かなければいけないところだった。
↓↓↓次の2つは雑誌「書統」のお題だ。どちらももっと太い筆で書くべきだった。残念!
上:Aは余白をたっぷり取った方がよかった。Bの縦画は先生の朱のようにもう少し内側に。こういうところ、分かってはいるんだけど、つい腕が動いちゃうんだよねぇー。
下:全体的にかな文字が弱すぎた。目をうんと細めて見たときに文字が見えないようなのはNG。
↓↓↓最後は自主課題の顔真卿(がんしんけい)・祭姪文稿(さいてつぶんこう)。これはまずまずの出来、ということにしておこう。
↓↓↓甲骨文で書いた「喜雨」。今回、「喜」をいつもと違う形のものにしてみた。宇宙人のようにも見え、密かに気に入っている。Aの部分、まるで雫が垂れたようになってしまったが、ここはきちんと書かなければいけないところだった。
↓↓↓次の2つは雑誌「書統」のお題だ。どちらももっと太い筆で書くべきだった。残念!
上:Aは余白をたっぷり取った方がよかった。Bの縦画は先生の朱のようにもう少し内側に。こういうところ、分かってはいるんだけど、つい腕が動いちゃうんだよねぇー。
下:全体的にかな文字が弱すぎた。目をうんと細めて見たときに文字が見えないようなのはNG。
登録:
投稿 (Atom)